MINOLTA TC-1の旅路に花束を

MINOLTA TC-1の旅路に花束を

会社の研修&懇親会後で少し酔っ払った頭で文章を書いています。

iPhoneの予測変換に助けてもらっている文章ですね。

あぁ、誤字があったらそれは愛嬌ということで。

 

実は、5年半ほど私の目となり腕となり、私の全てを写してくれていたMINOLTA TC-1ちゃんが手を離れました。

シャッターの故障で、公式でも「直せない」と言われた状態だったので、某フリマアプリで出品したところ買っていただけました。

お別れはあっという間で、私が最低限の梱包をしただけなのに、某711のレジでバーコードを読み取っただけで「バイバイ」でした。

いや、バイバイの一言も交わさず、ただのサヨナラでした。

 

こんなに長い間私と共にいたのに、こんなお別れでいいのか?と朝の目が覚めない眼で思いましたが、事実が頭を突き刺したので仕方ないですね。

仕方ないというのが、自分としてはすごく悲しくて。

 

君は、大学の先生がオススメしてくれた子で、ただその言葉を信じて某フリマアプリで購入した子で。

値段にそぐわず、モルトも綺麗で力を発揮してくれて。

最初は君の癖に合わなくて、半年経てば手に馴染み、1年経てばファインダーがなくとも映る景色がわかったのに。

そうやって5年半も時を過ごして、ここ3年は私のせいで全然シャッターを切ってあげられなくて。

ごめんね、という気持ちが最初に溢れてきて。

 

それでも、君と共に見た景色は全てが私だった。

故郷の切ない人と風景も、懐かしい人も、全て私だった。

新たな友人も、新たな環境も、慣れてきた目も、全部私だった。

大切にしたかった人も、これから大事にしていくと覚悟した人も、撮りたくなかったことも、撮るべきだったことも。

 

私は君がいたから、この土地で、この目で生きてこれたのだとわかったよ。

 

ごめんね、じゃなくて「ありがとう」って伝えるこの気持ちは、後からでも遅くないですかね。

小さくて、私の手にピッタリで、起動するとビックリしてもらえる君が。

私は本当に大好きでした。

 

君が不調だったのは気づいていたけれど、私の大好きな人と通った硫黄の香りの中で壊れたことは、何かの運命だと思っています。

私たちを見守ってくれてありがとう。

新しい道を歩むときに見送ってくれてありがとう。

 

またどこかで。

お元気で。

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